メータオ・クリニックとは

「メータオ・クリニック」とは、タイ/ミャンマー国境の街に設立された、ビルマ移民・難民のための総合診療所です。

メータオ・クリニックは1989年、タイ北西部に位置する国境の街・メーソートに設立されました。設立以来、軍事政権による迫害・弾圧などによってタイに逃れて来たビルマの人々、貧困により国内では医療を受けられないビルマの人々のために、必要な医療を提供し続けてきました。現在、メータオ・クリニックを訪れる患者の数は、年間15万人に上ります。受診する15万人の患者さんの半数は、貧困などによりミャンマー国内で医療を受けられず国境を越える人。もう半数はタイ国内に住む移民や難民です。メータオ・クリニックは支援者からの寄付によって運営されており、人々は無料で医療を受けることができます。

家族を養う職を得るためー、ミャンマー政府の弾圧から逃れるためー。

祖国を離れ、タイに逃れてくるビルマ移民・難民は、現在も増え続けており、ミャンマーの民主化が進む今も、メータオ・クリニックの医療を求める患者さんの数は減っていません。ミャンマー国内では未だに、診療費、検査費、薬剤費用、手術費など医療費の大部分に自己負担が求められ、貧困に喘ぐ多くの人々は病院にかかることすら出来ないからです。

そんな彼らの命に寄り添い、唯一の医療の場を提供しているのが、メータオ・クリニックです。

クリニックには今日も、マラリアや肺炎、下痢に苦しむ患者のほか、地雷被害者、出産を控えた女性、子どもの予防接種を求める人々が、国境を越えてやって来ます。

またメータオ・クリニックでは、年々増加するタイ国内のビルマ移民・難民のために、子ども達のための学校や孤児院を運営しているほか、HIV/AIDSの予防啓発や、保健教育など、多岐にわたる活動を実施し、30年の長きに渡って国境に住む人々の生活を支え続けています。

監督・撮影・編集   谷岡 功一       

構成・ナレーション  谷岡 碧  

音楽・整音      並木 大典       

デザイン       平田 陽一 菊池 はるか

車輛         Pah Dee Po      

英語翻訳       佐村 洋子

制作 tetol creative  この映像は日本財団の協賛により製作されました。

メータオ・クリニックが提供しているサービス

医療サービス: 内科、外科、小児科、歯科、眼科、産婦人科、検査、献血、義足の作成など

社会サービス: カウンセリング、出生証明書発行、学校・孤児院運営、長期入院患者ケア、死亡患者の葬儀など

移民へのヘルスケア: 学校保健、思春期性教育、HIV/AIDS患者訪問ケアなど


メータオ・クリニックの患者の推移(外来患者数/入院患者数)

2007年 114,842人/ 9,066人

2009年 153,703人/11,391人

2011年 150,904人/10,692人

2013年 134,099人/11,119人

2014年 129,826人/12,629人 

2015年 115,310人/10,738人

2016年 111,488人/10,435人

2017年 103,872人/ 9,898人


これからの国境におけるメータオ・クリニックの役割

2010年のミャンマーの選挙以降もメータオ・クリニックを訪れる患者数に顕著な減少は見られず、今も多くの人々が仕事を求めてミャンマーからタイへと渡ってきています。タイに暮らす移民の多くは未登録であり、弱い立場にあり、劣悪な労働環境にあります。登録している移民は政府が整備する健康保険を持っていますが、登録されていない移民の多くは医療サービスを購入するほどの余裕はありません。

今まで、メータオ・クリニックはビルマ語での無料医療サービスを提供するなど、タイの地域医療機関と協力しながら活動を続けてきました。国境での医療の必要性が問われる中で、タイ病院とメータオ・クリニックは度重なる話し合いを持ち、メータオ・クリニックの提供する医療サービスはメソトとその周囲に暮らす最も弱い立場の人々へ医療を提供するという点で、今後も必要不可欠であるとの答えにいたっています。

最近ミャンマーで起きている改革や一時的な停戦合意に関わらず、メータオ・クリニックは今後も必要とされ続けるでしょう。ミャンマー国内において、人々が利用可能な金額で効果的な治療を受けられるようになるまでには、何年もの時間がかかります。国境の安定に至っては、さらなる時間を要することでしょう。

ミャンマーの人々は雇用の機会と、医療と教育へのアクセスが改善されるまで、タイによりよい生活を求めて来るのです。メータオ・クリニックはその役割がなくなるまで、求める全ての人々に医療を提供し続けます。


人材育成

メータオ・クリニックは、ミャンマー国内民族地域のヘルスワーカーの育成に重要な役割を担ってきました。地域による医療サービスの差を埋める上で、彼らの役割は重要なのです。ミャンマー国内で医療を求める人々のために、メータオ・クリニックは今後も医療人材の育成に取り組み続けます。これら人材育成を通じて、メータオ・クリニックはミャンマー国内の医療組織と国境をつなぐ重要なネットワーク基盤としての役割も果たしていきます。


メータオ・クリニックが直面している資金難

メータオ・クリニックはタイ、ミャンマー両政府から認定を受けた組織ではなく、公的な資金援助を受けられていません。また、患者からバーツやチャットの収入を得ることが難しいため、その活動資金は海外からの支援団体からの寄付によって賄われています。

患者数の上昇に伴う運営費の増加により、慢性的な資金不足が訴えられてきましたが、近年のミャンマーにおける民主化への動きに伴い、メータオ・クリニックの事業は急激な資金難に直面しています。タイ/ミャンマー国境地域の移民・難民への支援を続けてきた各国の支援団体が、支援対象を国境地域からミャンマー国内へとシフトする傾向にあるからです。

メータオ・クリニックの願いは、ミャンマーに本当の平和が訪れ、政府が保健医療と教育を全ての国民に提供出来る日まで、ビルマの人々を支え続けていくことです。

国境地域では今も、医療支援・教育の援助が必要とされています。メータオ・クリニックの活動を継続するためにも、多くの方々のご支援を必要としています。

設立者のシンシア・マウン医師について

メータオ・クリニック院長のシンシア・マウン医師は、ミャンマーの少数民族カレン族出身の医師です。1988年のビルマ民主化運動の際、軍事政権から弾圧を受けていた学生達とともに民主化を訴え、自らも難民として国境に流れ着きました。

シンシア医師は7名の学生達とともに、軍事政権によって医療にアクセス出来ない人々や、貧困に苦しむ人々を助けたいとメータオ・クリニックを設立しました。以来23年間、増大する移民・難民と、ニーズの多様化に合わせて必要なサービスを提供し、ビルマ難民の命に寄り添い続けてきました。

シンシア医師は、その功績により2002年にアジアのノーベル平和賞と言われるラーマン・マグサイサイ賞を受賞したほか、2005年にはノーベル平和賞にもノミネートされています。

これまでのあゆみ

1959年       シンシア医師 ラングーン近郊生まれ。大病院での医師の職を辞して、カレン民族の村で医療活動を行う

1987年     シンシア医師 カレン州の村の診療所での医療活動を開始する

1988年9月   シンシア医師 仲間3名とともにビルマを逃れ、タイ国境を目指す。タイ側に到着後、難民キャンプで医療活動に従事

1988年12月 シンシア医師 メーソートに到着

1989年2月   シンシア医師 メーソートに最初の仮設クリニックを開設。その後、医療要員養成の講習を開始

1990年         巡回医療チームの立ち上げ。HIV/AIDS対策の医療トレーニングを開始

1995年         移民学校(CDC)の前身となる学校プロジェクトを開始。母子保健活動を開始

1996年         国境に4つの簡易診療所を設立

1997年         クリニックの建物を新設。移民学校(CDC)を正式に設立。ビルマ軍による攻撃で簡易診療所3つが焼き払われる

1997年9月   バックパック医療団が正式に発足

2002年         シンシア医師 アジアのノーベル平和賞「ラーマン・マクザイザイ賞」を受賞

2003年         学校保健の活動を開始

2004年         シンシア医師 米・TIME誌で「アジアの英雄」に選ばれる

2005年         シンシア医師 ノーベル平和賞にノミネート

2005年         メータオ・クリニックに院内感染予防チーム(ITC)を結成

2009年2月   メータオ・クリニック20周年記念式典を開催

2012年        シンシア医師 Democracy Award 受賞

そのほか、世界各国の国際人権賞を多数受賞

メータオ・クリニック概要

所在地 702, Moo 1, Tha Sai Luad, Mae Sot, Tak, 63110, Thailand

電話/FAX +66-55-544-655

電子メール info@maetaoclinic.org

ホームページ http://maetaoclinic.org